障害者として生きていく事とは?発達障害者としての苦悩と悩み

こんにちは ADHDのダイスケです。

障害者として生きていく事とは?発達障害者としての苦悩と悩み

私は発達障害のADHDです。

3年前まで自称?健常者でしたが、ADHDと診断され、精神障害者福祉手帳を取得して障害者として生きています。

なかには、自分が障害者であることを認知できず、受け入れもできないかたもいらっしゃると思いますが。

今回の記事は「障害者として生きる事はどういう事なのだろうか?」という事について、自分が体験した事をもとに書いていきます。

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障害者として生きていく事とは?発達障害者としての苦悩と悩み

発達障害とわかって就職するまで

私のような発達障害を抱えている人が就職するのは大変です。

自称健常者として大学を卒業してから20数年働いてきましたが、仕事がうまくいかず、職を転々としてきました。無職になり、局自分がADHDと診断され、就労移行支援事業所で就労する事を目指し、職業訓練を受けました。

就職できるまで、1年8カ月もかかってしまいました。

訓練内容として

障害者として生きていく事とは?発達障害者としての苦悩と悩み

  • 挨拶がきちんと出来るようにする
  • きちんと報連相が出来るようにする
  • 事務職を想定してワード、エクセルなどのオフィスソフトの基本的な操作方法を習得する
  • 見本と照らし合わせて文字を一つづつ間違わないように入力して文書を作る訓練を毎日行う
  • 自分の特性を把握する
  • その特性と照らし合わせて自分の強み、弱みを把握する
  • 履歴書・職務経歴書などを作成する
  • 特性に合った企業を選定し、応募する

以上のような厳しい訓練を行っても、すぐにその訓練の成果が認められすぐに就労できるわけではないのです。訓練生の先輩方が次々と就職を決める中、なかなか決まらない自分は「なんで自分は努力しているのに就職できないんだろう」と思っていました。

就労移行支援事業所の利用期限は2年間で、2年経過して就労できなかった場合は、訓練者の訓練費を助成する自治体が延長を許可するか、就労継続支援A型あるいはB型に行かなければなりません。

参考サイト

就労継続支援A型とB型とは

そもそも、障害のない健常者なんて、こんな就労移行支援事業所での職業訓練なんて必要ありません。

就労移行支援事業所には発達障害だけでなく、うつ病双極性障害などの精神障害を抱える人も訓練をしているのですが、我々のような障害者は、「会社で働いて賃金を得る」という人間としてごく普通の社会生活をするのにも、なぜこんな遠回りをしなければならないのかと正直思いました。

会社にて

現在は障害者として特例子会社に雇用され、現在シュレッダー業務を担当しています。苦労してやっと就職が出来たのです。

このシュレッダー業務は、同じフロアにあるグループ会社の各部署のところに出向いて差し出された不要な書類をひたすらシュレッダーの機械にかけるというものです。

以下は自分の愚痴です。心の中で思っていることです。現在働いている会社に知られたらまずい内容です。軽く読み飛ばしてください。

シュレッダーなんて誰だってできる。ただ不要な書類をシュレッダーの機械にかけるだけだ。

各部署を回って社員の人からシュレッダーするように頼まれる書類は従業員のデータや会社の売り上げデータなどとにかく社外秘。

個人情報保護法によってそういう大事な社外秘のデータが外部に漏洩してしまうのを防ぐ為に、書類を裁断してゴミとして出さなければならない。文書のまま出してしまうと、会社の大事なデータが漏れてしまう。

もちろん、この業務の重要性は分かっている。

誰かがやらなければならない。いま俺たち特例子会社の社員がこの業務を一任されている。

ただ、この書類をシュレッダーの機械にかけるだけの作業を1日中やっているいるのは気持ちが持たない。

シュレッダーの機械の向こう側には、いわゆる健常者と呼ばれる社員たちが仕事をしている

パソコン相手に真剣な顔つきで一生懸命仕事をしている。

グラフを作ったり、売り上げ表を作成したり、お客さんや社内の人たちと電話したりしている。みんなそれぞれの仕事に責任をもって励んでいるんだろうな。

あの人たちはある程度、上司がカバーはすると思うが、仕事に対してはある程度責任を持たされているんだろな。ミスは許されないし、毎日が緊張の連続だ。でも、やりがいはあると思う。

給料だって少なくてもどんなに若手の人でも22万円位もらっているんじゃないかな?

本当に羨ましい。給料も、我々はあの人たちの中でも一番安い人の半分だ。

あの人たちが責任を持たされた仕事をしている一方、我々特例子会社の社員は「障害者」という枠の中で限定された仕事をして行くしかない。

自分が自分を障害者である事を認め、それでも社会の中で働きながら人生を過ごしていかなければならない。

自分は3年前まであちら側の人間だった。仕事を転々としながらも、大学を卒業した年から20数年は、いわゆる健常者だった。仕事を転々としながらも、長い会社では5年間、一つの会社で転職することなく頑張ってきた。

給料も25万円位はもらっていた。

それなのに、健常者として最後の会社を「仕事のミスが多い」という理由で首になり、自ら発達障害を疑い、心療内科を受診したら案の定、発達障害だ。それいらい障害者として自らを受け入れ生きていこうと心に誓った。

しかし、障害者として生きていくというのは、社会からの偏見、無知、低待遇などに耐えられる強い精神力がなければならない。

今の仕事は、給料が考えられないほど安いし、単純な仕事しかさせてもらえない。

できれば、障害者を返上して、健常者として再出発して、やりがいのある仕事をして、給料だって人並みにもらいたい。


発達障害、精神障害、知的障害を自ら認め、企業に対して配慮を求めながら仕事をする。これら「障害者」と呼ばれる者は、いわゆる障害者枠。その枠の中でしか仕事をする事を許されていない。

精神障害者福祉手帳の障害の程度の定義

まずは、以下の表をご覧ください。

等級 障害程度
1級 精神障害であって、日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの(概ね障害年金1級に相当)
2級 精神障害であって、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの(概ね障害年金2級に相当)
3級 精神障害であって、日常生活若しくは社会生活が制限を受けるか、又は日常生活若しくは社会生活に制限を加えることを必要とする程度のもの(概ね障害年金3級に相当)

上の表を見てお分かりの通り、障害の程度が重い、1級や2級の場合は、社会生活(仕事など)だけでなく日常生活でもが難しいと思いますが、3級ならば制限が就きますが、何とか仕事ができると思います。

私も特例子会社に就職して「社会生活が制限を受けるか、社会生活に制限を加えることを必要とする」というのはどういう事か身をもって体験することが出来ました。

しかしながら、制限の加わった社会生活というのは、責任を持たされない、誰でもできる単調な仕事が多い。

悔しいのですが、これを受け入れなければならなかったのです。

まあ、特例子会社で働いてみて、残業がなく、仕事に責任がなくものすごく楽でいいんですが、なんとなく寂しいし、情けないです。

家庭にて

結婚してから自分は嫁の実家に住んでいましたが職を転々としていたので、そのことに対して罵詈雑言はありましたが、自分がADHDとわかってからはひどくなりました。

  • 「そんな障害者いるなんてご近所に恥ずかしい」
  • 「この障害者!」
  • 義母の以前の勤め先「保健所」に障害者手帳を申請に行く必要があったが、そこに勤める以前の同僚に義理の息子が「障害者」とわかってしまうのが「恥ずかしい」
  • しつけがなっていない 3歳児よりひどい

障害者として生きていく事とは?発達障害者としての苦悩と悩み
こんな事を毎日言われているので、精神的に耐えられないので離婚するといったら当時の嫁から殴る蹴るの暴行を受けた(嫁としては金づるがなくなるから離婚したくなかった?)

なんで家でもこんなひどい事を言われなければならないのかと思い、嫁や義母に対する憎しみが沸騰するのと同時に、自分に対する情けなさも感じました。

まとめ

発達障害を抱える人が障害者としの自分を認め、受け入れ、障害者として生きていくのは、それなりのリスクがあります。仕事には就きづらくなるし、就労が出来たとしても、責任のある仕事はまずさせてもらえません。それに伴って給料などの待遇も低く抑えられます。

家庭においてもも同様で、発達障害に理解のないパートナーと一緒になってしまったら、結婚生活は悲劇的になります。

精神障害も同じだと思うのですが、やはり、そこには「障害」に対する偏見と差別と無知があると思うのです。

私は、このブログを通して、少しでもその差別や偏見をなくしていきたいと思います。

私だけの力だけでは到底力不足なので、ぜひこのブログを読んで頂いている方のご協力をお願いしたいと思います。宜しくお願い致します。

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