日本の教育現場における最大の問題点 型はめ教育 これでは生徒の個性が育たない 

こんにちは!ADHDのダイスケです。

日本の教育現場における最大の問題点 型はめ教育

「教育とは何か」を考えさせられるあまりにもひどい事例だと思いましたのでFacebookで皆様のご意見を募ってみました。事例とは、大阪の公立高校で実際にあったものです。ニュースやインターネットで大きく取り上げられています。

少し皆さんのご意見を頂戴したいと思います。

大阪の羽曳野市の生まれつき髪の毛が茶色い女子高校生が、学校から髪を黒く染めるように強要され、不登校になり、人権侵害で大阪府を相手に220万円の損害賠償の訴訟を起こしたのです。

女子高生は髪を黒く染めるための染料で頭皮がかぶれ髪がボロボロだそうです。

自毛が茶髪あるいは天然パーマであることを証明する「自毛証明書」なるものを提出させる学校もあるそうです。

私は、厳しいというよりも明らかに人権侵害だと思います。生徒の精神的ダメージは相当なものだと思います。

日本の教育現場は相変わらず一律性を求め、個人個人の個性を認めようとしない世界にもまれなひどいものだと思うのです。

このような風潮が、生徒の個性を潰していくものだとおもいますし、発達障害や精神障害などの偏見や差別にもつながっていくのではないかと思いますが、皆さんはどうお考えでしょうか?

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日本の教育現場における最大の問題点 型はめ教育 これでは生徒の個性が育たない

あまりにもひどい学校の対応

私はこのニュースを聞き、相変わらず日本の教育現場は極めて閉鎖的だと感じました。

ちなみに、訴えた女子高生は、彼女の母親の父親つまり、祖父がアメリカ人なので、クオーターです。生まれつき茶髪であっても不思議ではありません。

すると担任の先生は『どこの血が入っていようが、なに人であろうが関係ない。これは市の決まり。普通は黒髪で生まれてくる。髪を染めてもらわなければ学校に来ては困る』と言い放ったそうです。

なお、この学校では、生まれつき茶髪の女子高生に黒髪を染めるように強要するだけでなく、金髪の外国人にもく「規則」だからと黒く染めるように求めると豪語しています。

何人だろうと同じ人間なんだから、そんなこと関係ないのになと思います。黒くしなければならない規則なんて意味がないと思います。その人のそのままの個性を受け入れる事は出来ないのでしょうか?

私自身、ひどい天然パーマで、このニュースは決して他人事ではないと思いました。

教育というのは本来、子供たちに自ら考えて行動していく主体性や自主性を身に着けさせるためのものです。ところが、日本の教育現場では、本来子供の立場になって行われなければならない教育を施す学校が、子供の個性を全く無視して学校側の一方的な事情だけが優先され、それに基づく「規則」が定められています。それにそぐわない生徒は、排除されます。

日本の教育現場はまるで工場です。大人の事情で作った規則でがんじがらめにして、次から次へと「規格品」を作り出す。それにそぐわない生徒は「不良品扱い」です。

今回の事例のように、髪を黒くするように強要された女子高校生が不登校になったのも、学校側にとっては規則に従わなかった「不良品」であり、その結果、不登校になっても学校側からはなんのフォローもありません。

日本の教育において重視されるのはいわゆる「暗記型」の勉強です。いわゆる詰込み教育です。生徒一人ひとり違うのに皆同じ事を勉強します。しかも、「なぜ、そうなるのか」といった論理やプロセス(過程)といったものを軽視し、ただ結果だけを覚えこませられます。

これでは、生徒自ら自ら考えて行動する力など育つわけがありません。社会において決められたレールの上を素直に進むように養成されているに過ぎないのです。

学校が子供たちの個性を潰しているのは間違いないです。この前の教師の厳しい叱責が原因となって生徒が自殺した事件もありましたが、学校は刑務所であるまいし、何の権利があってこういう型はめ教育をするのでしょうか?

このような日本型の型はめ教育だと、個性豊かで自主性がある人間には絶対に育たないと思います。

今の日本の教育の実情に晒されている子供たちがかわいそうです。

このブログの趣旨である「発達障害や精神障害の事を良く知り偏見や差別をなくしたい」についても、このような教育方針がネックになるのではないでしょうか?

この事例に対する皆様のご意見

私の問いかけに対して多数のご返事を頂きました。申し訳ございませんが、Facebookでコメント頂いた内容を一部あるいはそのまま引用させていただきました。

  • このような風潮は学校だけでなく、日本の社会全体がそうなのたと思います。学校側が悪いかどうかは別としても、悲しいことだと思います😢

    ご自分の生まれもった髪を強制的に染めさせられるなんて、どんなに心を痛めつけられたことでしょうか😢それを当たり前と思っている日本の現状が悲しいことだと思います。

  • 今の教育は生産性みたいで…同じ物を生み出す。クラスのスローガンはみんなで仲良く本当に全員仲良くできるか?

    うまくやる方向ではダメなのか?そう、なにか平均から外れるとそれは不良品になる。まあ、システムというより考え方の問題かなと思う

  • 生まれも育ちも様々な子どもたちを「規格品」に仕上げ、「規格外」の子はラインから外して、あとは知らん顔。それが“教育”だと考えている教員・学校現場は、大阪に限った話ではありません。
    なぜそうなるかと言えば、教員自体がそのように養成され、学校現場の中で押し固められているから、「それ以外の可能性や方法論」の想像がつかない、ということが挙げられます。

    工業製品を作るような感覚で、教育が行われています。そこには『対話』は希薄です。全くないことも珍しくないでしょう。
    この髪の色の問題も、「規則だから」。

    規則自体の合理性を考える力が、教員に備わっていない。あるいは、そこに気づいていたとしても有形無形の“同調圧力”がかかる。「組織の“和”を乱すな」「今までこれで“うまくいってきた”のに余計なことをするな」「統率の取れない格好をされると“風紀の乱れ”と取られて、“世間体”が悪いし、学校の“評判”が落ちる」等々。

    自分で自分の生き方を考えて自分で試行錯誤して自分で決める、というための力をつけるための教育は、放棄されています。

  • 日本に住んでいる学生のルーツや地毛、顔立ちにもともと多様性があるのだから、生まれながらの癖毛や地毛の色を云々するより、「自然な状態にあること」「不必要な化粧などをしていないこと」の方が、「学業をおろそかにしない」という校則本来の目的にかなっています。

    黒髪ストレート信仰が教員や児童生徒父兄の中にも蔓延しています。そのため、小学生のうちから癖っ毛をストレートパーマしたり、茶髪を黒染めしたりする事例も。

    逆に、お洒落のためにストレートパーマして、黒髪に見える範囲内で髪染めし、高校生ならあって当然のそばかすを薄化粧で隠して登校する都会の「黒髪の高校生」の方が問題だと思う。

    校則違反に見えなければいいのか?日本人は全員、黒髪でもないのに、黒髪は強制なのか?教師の人間としての価値観が問われて居ます。

  • なかにはこんな意見もありました。

  • 「入学説明会で地毛が茶髪であることを申し入れなかったのか?規則の厳しい公立高校に入学させずに、インターナショナルスクールなどに入学させれば良かった、なんでもかんでも「個性」を主張してよいのだろうか?

    社会生活には規律が絶対必要なので国にも法律、会社にも社則があるように学校にも「校則」があって当然だ。規則を守ることは重要だ。

    こういった事例が発達障害や精神障害などの偏見や差別にもつながっていくとは私は思いません。

私の問いかけに対して多数のご回答を寄せて頂いて誠にありがとうございます。

やはり、私と同じような意見が多いと思います。

日本の教育はなぜ一律性を求めるのか

欧米の教育方針は「のびのび」していて「個性」を重視します。

そういえば聞こえがいいかもしれませんが。例えばドイツなんかだと、日本では小学校に当たる基礎学校に6歳から4年間通い、基礎学校を卒業したらその子の成績に応じて基幹学校、実科学校、ギムナジウムの3つの進路に分かれるそうです。基礎学校は就職を目指すための職業訓練コース、実科学校はより専門的な知識を習得する専門学校コース、ギムナジウムはエリートを目指す大学進学コースなのだそうです。

このように、ドイツでは、年齢の早い段階で職人になるか、エリートになるかの選択を迫られ、それぞれの子供の特性や個性にに合わせきめ細やかな指導を受けるそうです。

日本とは全然違いますね。

日本の教育はいい意味では世界に類を見ないほど平等なんですって。

日本の教育の特色として「詰込み教育」「偏差値主義」等が挙げられますが、裏を返せば「みんなで同じことを勉強する」のです。個人よりも集団を重視し、クラスみんなでレベルアップを図ろうとします。

日本の場合は平等でいいかもしれませんが、最近はちょっと行き過ぎているような気がします。

「日本型教育」は世界で類を見ないほど平等だ

日本の教育はなぜ均一性を求めるのか

ここからは、私の独断による意見です。

日本の教育現場においてこれほどまでに個々の個性を認めず一様に均一性を求めるのか?これは日本という国の成り立ちや歴史そのものを考えなければならないという気がするのです。

6000万年前~3000万年前に、地殻変動によってユーラシア大陸の東端の部分が分離してできたのが太平洋上に浮かぶ日本列島です。日本列島は、この地殻変動によって、日本は他の国々とは違って、陸上では他の国と接する事がありませんでした。

日本の教育現場における最大の問題点 型はめ教育

この「陸上では他の国と直接接する事がない」という事が日本独自の排他的な文化が形成されました。

日本は外国人居住者が増えているとはいえ、単一民族・単一言語です。外国人が観光客としてくるのなら日本人は大歓迎ですが、実際に住民として日本に住む人に対しては、よほど日本に慣れ親しもうという気持ちを見せなければ、日本人は「異質なもの」として排除します。

日本人が好むものは「みんな一緒」「団体行動」「長いものに巻枯れろ」(力のある者には従ったほうが得策)「出る杭は打たれる」です。

日本人はいわゆるマイノリティを排除し、メジャーなものほど尊重します。この事例(生まれつき茶髪の女子高生が大阪府に対して損害賠償を訴えた件)においてメジャーとは黒髪、マイナーは茶髪です。

人類が日本列島に定着したのはいつ?日本人にはいろいろなタイプがある

日本列島に人類が定着したのは5~4万年前。まずはアフリカで誕生した人類が何万年もかけて地球上のいたるところに進出したのですが、人類がアジアに到達したのは5万年以上前。アジア人の祖先はインドを出発点として南方や北方に進出。南はオセアニア。北は中国北部にまで進出しました。

日本に定着することになる人類の祖先はいったん南アジアまで進出したのち、その一部は再び北上。日本人の祖先はへは朝鮮半島や台湾を経て日本列島にやってきて定着しました。

この南の方からやってきた日本人の祖先がいわゆる「縄文人」です。約4~3万年前に初めて日本にやってきました。

縄文人は南方系の特徴を多く持っているため、髪は黒く肌の色は少し浅黒く、髪は縮れていて、顔の彫りが深いというという特徴を持っています。南方系の人の髪が黒く縮れているかというと、太陽の光線量が南ほと大きいため、メラニン色素が多いために黒くなり、髪が縮れることによって適度に地肌との間に空間ができ、熱がこもるのを防ぐ為です。

一方、中国北部にまで進出したアジア人の先祖は、その中の一部が、縄文人より遅れて紀元前3000年~2000年に樺太や朝鮮半島を経由して日本列島に渡ってきます。これがいわゆる弥生人です。

北方系の弥生人は、寒さに対応するために、アジア人特有の黒髪は維持するものの、すこし黒の色合いが薄くなり、縮毛ではなく直毛になります。

髪の色は同じ人種であっても、個人個人によってメラニン色素の含有量が違い、黒い人もいればあんまり黒くなく、少し茶色が混ざっている人もいます。

以後の日本人は、純粋な縄文人・弥生人の遺伝子をそのまま受け継ぐもの、縄文人と弥生人の混血といろいろなタイプの人がいます。したがって、同じ日本人でも決してすべてが同じではなく、黒髪の人もいれば、生まれつき茶色い髪の人もいます。縮毛の人もいるし、直毛の人もいます。私が言いたいのは日本人にもいろんな人がいるという事です。

日本の教育者へ 日本人は全て同じではない

日本の教育者に言いたいです。日本人は全て同じではなく、いろいろなタイプがあるという事です。日本人が成立した歴史的背景も分からないで「黒髪でなければ学校で授業を受ける資格がない」と生徒の個性を考えず一方的な規則を作り出し運用する。意図してわざと茶色く染めているのならまだしも生まれつき茶髪の生徒に黒く染めるように強要するなんていうのは人権侵害以外何物でもありません。

教育現場には「茶髪は不良」というイメージがあるかもしれませんが、これもまた偏見だと思います。

日本の教育現場における最大の問題点 型はめ教育をやめて、もっと生徒一人ひとりの個性を見て頂きたいです。こんな教育をしていたら、子供たちの自主性も育たないと思います。

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コメント

  1. 島崎博人 より:

    一方的な見方、考え方と感じられます。日本の教育は世界で最も優れた教育であると言えます。確かに障害のある子どもたちに対して出遅れ感は歪めませんが、障害者差別解消法、特別支援教室事業など確実に前に進んでいます。障害受容など、自己理解や保護者の子ども理解などに課題もあります。SCやSSWなどまた、校内でも特別支援教育コーディネーターの専任、校内委員会の実施など数年前とは大きく変わっています。私も東京の小学校を巡回しておりますが、先生方のご努力には頭が下がる思いです。どうぞ実際に学校を訪ねられて今の教育現場をご自分の目で見られることをお勧めします。