犯罪を発達障害のせいにするな!発達障害当事者からの心の叫び | よりよく生きるためにADHDと上手に付き合い幸せになる方法

犯罪を発達障害のせいにするな!発達障害当事者からの心の叫び

犯罪を発達障害のせいにするな!

犯罪を発達障害のせいにするな!発達障害当事者からの心の叫び

最近は相手を限定しない無差別殺人事件が増えている。

こういう事件が起きるたびに、実に気分が暗くなる。日本も随分と治安が悪くなったと思う。わけのわからない暴漢によっていつ自分の命が狙われるか分からない。もう安心して外を歩けなくなった。

まだ記憶に新しいと思うが、実に痛ましい事件が起きた。今年の6月9日の夜である。

私はこの事件が起きた時、Facebookに次のような投稿をした。

また「誰でもよかった」無差別殺人。本当に痛ましい事件が起きてしまった

今度はこともあろうか走行中の新幹線の車内。

そんなところで襲い掛かられたら逃げられない。密室の中での事件。新幹線に乗るのが怖くなる。事件に巻き込まれた方は本当に怖かっただろう。

「ムシャクシャしていたから誰でもいいから殺したかった。」というわけのわからない殺害動機。

犯人は自閉症との報道もあるが、自閉症のある人でも人を殺してはいけないという善悪の判断はいくら何でもつくと思うが・・・自閉症のある人全てがこのような凶悪な犯罪を犯すわけではない。ますます自閉症のイメージを悪くする。

最近、このような凶悪なわけのわからない人間が増えていると思う

Facebookにも書いた通り、発達障害を抱える者全てがこのような凶悪な犯罪を犯すわけではない。このような偏向報道が、世間の発達障害への偏見や差別を助長するのではないかと危惧する。

発達障害当事者として実に悲しい事である。

事件のあらまし

6月9日の夜、新横浜駅と小田原駅の間を走行中の東海道新幹線「のぞみ265号」の車内で人が刺された。女性2人と、犯行を止めに入った30代の男性が刺され、女性2人は重傷、男性は死亡した。

殺人未遂の疑いで、氏名・年齢・住所・職業いずれも自称の無職、小島一朗容疑者(22)=愛知県岡崎市蓑川町=を通報により事件現場に駆け付けた警察官により取り押さえられその場で現行犯逮捕された。

「殺すつもりで刺した。むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」などと容疑を認めている。



事件がどのように報道されたのか

まずは、この事件がどのように報道されたのか。「Mr.サンデー」という番組でこの事件についてのあらまし、容疑者の人間像などについて触れているので見て頂きたい。

Mr.サンデーより 番組の動画

この動画を見ていると事件の本質を正しく伝える義務のあるこの番組の司会者である宮根氏が発達障害について一番理解していないと思う。マスコミは事件を伝える以上、発達障害についての正しい知識を持つべきである。

Twitterでも私と同じような意見を述べている人がいる

犯人はなぜこのような凶悪犯罪を起こしたのか?事件と発達障害を結び付けるな

この事件の容疑者は「自閉症」という診断が幼少期のころになされている。しかし事件と発達障害の直接の因果関係は一切ない。

誤解しないで頂きたい。発達障害そのものは決して悪いものではない。悪いのは発達障害に対する周囲の無理解と偏見である。

なぜなら、自閉症を抱えていても全てこのような凶悪な犯罪を犯すわけではなく、幼いころに親や学校、周りの人達が理解し支援する事によって自閉症の特性を人生にプラスに活かせる可能性があるからだ。

自閉症スペクトラム障害があっても親の理解によってうまくその特性を開花させたのがさかなクンやのだめカンタービレのモデルとなった野田あすかさんである。

この容疑者は発達障害であることがベースにあって、親からの発達障害への理解を得られずに育って孤立無援状態になっていた。そして人間不信に陥り、他者との関わりを絶ち、自分への絶望と自分を理解してくれない周りの人間への憎悪が蓄積されあのような凶悪な犯罪を起こしてしまったと思う。

ある意味、この容疑者も周囲の無理解や支援がなされななかったという意味では被害者なのではないかと思う。もちろん、犯した罪は決して許されるものではない。

私が憤慨しているのは、このような凶悪な事件が起きるたびに「犯人は発達障害なのではないか」と安易に報道する事である。マスコミは事件と発達障害を結び付けたがる

報道番組を見ていると「発達障害だからあのような犯罪を犯した」という論調すら見られる。「発達障害の人には気をつけなければならない」といった発言も見られる。

発達障害の当事者から言わせてもらうととんでもない話である。別に発達障害だからといってあのような犯罪を誰もが犯すわけではない。誤解も甚だしい。まさしく偏向報道である

報道により「犯人が発達障害だからこんな犯罪をおかした。発達障害はとんでもない、社会の悪だ」などと鵜呑みにする前にこの容疑者がこのような凶悪な犯罪を犯してしまう背景を考えなければならない。

発達障害とは?

ここで改めて発達障害とな何かをまとめてみたい。発達障害には広範性発達障害(自閉症スペクトラム障害・アスペルガー症候群)、ADHD、学習障害があり、さらに細かく分類するとカナー症候群、協調運動障害などがある。

発達障害の分類を分かりやすく表にまとめてみた。

障害名 分類名 特性
広範性
発達障害
自閉症 ①言葉の発達の遅れ
②対人コミュニケーション発達の遅れ
③目線を合わせられない、
④行動と興味の偏り
アスペルガー症候群 コミュニケーション障害
①曖昧な言葉だと意味が伝わらない
②不適切な言葉を使う
対人関係障害
①場の空気を読めない
②相手の気持ちを理解できない。
すr
③社会的なルールやその場の雰囲気を平気で無視する
限定された物事へのこだわり・興味
①自分が決めたルールがあり、それから外れると混乱する
②興味関心のあるものに異常な関心を示す
注意欠陥多動性障害(ADHD) ①衝動性 衝動を抑えられない
②多動性 じっとしていられない
②不注意 興味のないことに注意が向かない
⑤短期記憶障害 別の事が気になると記憶が飛ぶ
学習障害(LD) 知能は普通だが、読み書き、計算が苦手

発達障害というのは生まれつき(先天的)脳の特定の部位の働きが不十分であったり、脳内の神経伝達物質の働きの弱さが原因で、人間として成長していく過程で身につけていく能力が劣っていたり、アンバランスだったりする事で起こる様々な不適応がありことを言う。

たとえば自閉症だったら、コミュニケーションがとりづらい、会話が成立しない(自分の好きな事だけいっっぽう的にしゃべる)、自分の興味関心のある事だけ深く狭く行い、他の事には一切関心を寄せない(極端なこだわり)などといった症状がある。

私のようなADHDだったら、とにかく忘れ物が多い、じっとしていられない、我慢が出来ないといったところである。

子供のときならまだいいが成長して社会に出たとたん、周囲の人とコミュニケーションが取れず馴染めなかったり理解を得られないために孤立してしまう。発達障害のある人は大人になるにつれ、その様な社会的不適合が生じ、大いに苦しむのである。

おまけに見た目は普通だからその孤立感は相当なものである。

この苦しみは当事者でなければおそらく分からないだろう。

我が子が発達障害であっても親や周囲の人の理解や支援で特性を生かし素晴らしい人生を送れる可能性がある。

発達障害を持つ人の苦しみは当人でなければなかなか分からない。発達障害があると本人が無意識のうちに社会から疎外されるような言動をしてしまう。これは当人の努力だけではどうしようもない。どうにもならない。

やはり親や学校の先生、社会に出てからは職場の理解や支援がなければならない。また行政のみならず国レベルの支援が必要である。

その中でもやはり当事者への親の接し方が一番重要である。発達障害は幼少期の過ごし方が一番重要であり、当事者にとって一番身近な存在が親だからである。

我が子が発達障害と分かった場合、親の我が子への対応の仕方は3つある。

  • 目を離すと何をするかわからないといってがんじがらめにする事。
  • 「発達障害の子供は接しにくい。どう接していいか分からない」と悩み子供に接するのを放棄する
  • 発達障害特有の「こだわり」を理解して見守る。そのこだわりがその子の成長につながるように支援する
何をするか分からないから子供をがんじがらめにする

「何をするか分からない」と我が子をがんじがらめにする。これは発達障害のある子どもの自立を妨げる最大の原因となる。

昨年の8月に俳優の高畑裕太氏が強姦致傷の疑いで逮捕された事件があったが、高畑裕太はADHDと幼いころに診断されていたという。

幼いころの高畑裕太氏は全く学校の勉強に集中できず、じっとしている事ができず全くといっていい程落ち着きのない子供だったそうだ。学校の机の中も全く整理整頓出来ず、ゴミだらけだったそうだ。(このブログを書いている私とそっくりだ)


母親で女優の高畑淳子さんは「息子が何をするか分からない」との恐怖心から息子をがんじがらめにし、息子の行動すべてを自分の管理下にに置いたそうだ。

つまり、家庭内で母親である高畑順子さんが決めたルールというものが存在し、それに従って息子の行動を「あれをやれ」「これをやれ」と指示し、それに反する事をやってしまった場合は厳しく叱り跳ばす。

いわゆる「過保護・過干渉」である。発達障害の子供を持つ親(特に母親)はえてしてそうなりがちである。しかし発達障害を持つ党の本にからしてみればそれはかえって逆効果である。親に対する依存心が生まれ、自立心が育たない。

私の母親もそうである。私の母親は自分の決めたルールがあり、私がそれにそぐわない行動をしたら最後。母親に怒鳴られる。息子の方は、怒られないように、叱られないようにといつもびくびくしている。親の顔色を窺って行動するようになる。幼いころの私は母親が怖くて仕方なかった。

また普通の子供なら親は積極的に家事の手伝いをさせる。幼いうちから掃除・洗濯・料理をさせていけば自然と身についてくる。しかし自分の場合は家事を手伝わせると物を壊したりなくしたりするからといって母親は私に全く家事の手伝いをさせなかった。

この私の幼少期の母親の接し方によって、私は今でも日常生活上の自立が出来ていない。障害者雇用で何とか仕事をしているが、給料が安いので経済的な自立は出来ていないし、料理・洗濯などは全くできない。おそらく一人暮らしは無理だろう。

発達障害の子供は接しにくい。どう接していいか分からない」と悩み子供に接するのを放棄する

今回の新幹線通り魔事件の容疑者の親はどうやらこのケースのようである。

この事件の容疑者の生い立ちについてはいろいろなサイトで書かれているし報道されているのでここでは詳しくは書かないが、この容疑者の父親との親子関係は最悪だったそうである。

小島容疑者は両親と断絶して伯父夫婦と養子縁組した祖母と4人で暮らしていた。幼少期は両親と一緒に住んでいたがその事から親のいう事は聞かず、言い訳ばかりする子供だったそうだ。

勉強しないので学校での成績は悪いのだが、決して自分の非を認めようとせず言い訳ばかり。目的に対して努力するという事をしない子供だった。

中学生の時には学校の授業についていけず登校拒否。そういう態度だったから親は小島容疑者を見放した。息子に対して無関心で愛情がないと一家を知る人は証言している。

そのころに「アスペルガー症候群」との診断があり、両親はアスペルガーの息子に対してどのように接したらよいか分からなかったそうだ。

同居していた両親との関係が悪化し断絶。14歳のころ自立支援支援に入所している。その後19歳のころ職業訓練校に通い機械修理会社に就職したが長く続かず1年で退職している。

退職後、アパートで独り暮らしをしていたが結局祖母の家に戻りそれきり職には就かずひきこもりになったそうだ。そのころから容疑者はことあるごとに「俺は生きている価値がない」「自殺する」などと言っていたという。

両親は自分たちの息子である小島容疑者との親子関係を破棄し、小島容疑者の祖母と養子縁組をした。

父親は「俺は絶対に一郎の面倒は見ない。」と宣言したそうだ。

また、世間体を考えたのだろうか?このような息子がいるのが怖く恥ずかしいと思ったそうである。発達障害というものを恥ずかしいものだと考え周りの人達の目に触れさせないように隠そうとする。これを「社会的監禁」という。

これは決して他人事ではない。これは私も言われたことがある。離婚した元嫁の義母に「あんたみたいな障害者がいると親せきやご近所の人に恥ずかしい」と言われた。

何が恥ずかしいものか?お前も発達障害当事者だったらよかったのに。そんなこと言われてどう思うか考えた事があるのか?

発達障害特有の「こだわり」を理解して見守る。そのこだわりがその子の成長につながるように支援する

発達賞障害のある人が社会性をもって成長できるようになるにはこの方法が一番だと思う。

さかなクンは魚の知識を活かして東京海洋大学名誉博士の肩書がある他イラストレーターとしても活躍している。まさに多才な人である。

さかなクンは幼いころから絵を描くことが大好きで、学校では勉強にあまり関心がなく魚の絵ばかり描いていたそうである。さかなクンのお母さんは「それが個性だから」と言って決して邪魔せず他の勉強を強要することなく好きな絵を描くことを続けさせたそうだ。

「この個性を大事にする」親の教育方針が今日の大活躍につながっていると思う。

私の母親も躾に対してガミガミうるさかったが、私が幼いころ絵を描くのが好きでその事に対しては何も言わなかった。私はさかなクンみたいに有名人になれなかったが、このブログを書くこともそうだし、好きな事を好きなだけやって楽しむというところにつながっている。

愛着障害

愛着障害とは幼いころに親の愛情に恵まれなかった子供が成長して大人になり、人間不信になったり、人との積極的なコミュニケーションを避けたり、他の人に依存したりしてしまう症状の事である。

幼いころに親から虐待を受けたり、育児放棄された人により顕著にみられる。

症状として自閉症と似ているが、自閉症と異なるのは定型発達の子でも親の愛情が不足すると起こりえる事である。自閉症の場合は生まれつきなので、親の接し方を変えてもなかなか変化がないが、愛着障害の場合は、親が自覚をもって愛情を注いでやるとみるみるうちに症状が改善していくという。

まとめ

子供というのはやはり一番身近な存在である親の愛情が必要である。親の愛情が不足すると人間不信になったり、自分に自信が持てなくなったり、常に周囲の人の目を気にしてしまったり、自立ができず常に他人に依存してしまう様になってしまう。

健常者(定型発達)でも親の愛情が不足してしまうとそうなってしまうのである。

ましては発達障害のある子に対しては理解されにくい分、定型発達者以上に目を向けてより細かいケアをする必要がある。

今回の事件の容疑者は親や周りの人間の発達障害への理解に恵まれなかったために起きてしまった一番極端な例だと思う。しかし小島容疑者に関しては発達障害であろうがなかろうがあれだけの凶悪な事件を起こした事は決して許されない。

自閉症のみならず発達障害のある子どもの問題を親だけでなく社会全体で考え見守る必要があると思う。親の責任は重大だが、親だけに責任を問うのは酷な話である。社会全体、国レベルで考えなければならない問題である。

コメント

  1. 通りすがり より:

    健全者から見たらどうしても犯罪者としか見えない。